今年も暑い夏が来て、8月の「慰霊の日」が全国いたるところで思い思いに祈りが捧げられています。沖縄戦の犠牲者や広島・長崎の原爆による犠牲者、8月15日の「敗戦の日」を期して、アジア・太平洋戦争の犠牲になられた方々の追悼であったりと…。

いずれも自らの意思とは関係なく、犠牲になることを半ば強制された方々です。戦争はどのような理由があれやってはならない「蛮行」であり、人を殺すことが目的になり、殺さなければ殺されるという状況を作り出してしまう断末魔です。また、その状況を創り出すのは他でもない「人間」だということです。

1930年から45年までの間を「15年戦争」と呼ぶこともありますが、明治維新以降、時の権力者はヨーロッパ各国を視察し、各国がアジア諸国を「植民地化」して支配し収奪する実態を目の当たりにして、これを他山の石として日本を一気に軍事大国にもっていきました。「富国強兵」「脱亜入欧」といったスローガンが全国民に知れ渡るところとなり、そして結果として日本も「植民地」獲得に向けてアジア諸国の「統治」に乗り出していきました。東南アジア諸国や朝鮮半島、中国東北部での日本の行為は軍事力を盾にして正に「収奪」が繰り広げられ、そのために多くの人命も犠牲にしていきました。日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦など戦争が繰り返され世界地図を塗り替えるという権力者の欲望は「制御不能」の状態に達していきます。この辺の近代史は日本の学校ではあまり教えられないですね。「時間切れ」とかいうことのようですが、権力を持っている方々にとっては子どもたちに教えたくない不都合な「真実」があるようにも思います。

「火垂るの墓」というアニメ映画があります。この時期には必ずというほどに見ることができる映画ですが、私はこの映画を最後まで正視することができません。幼い兄妹が戦争に翻弄され犠牲になっていく姿は非常に厳しいです。特に最後のところは兄に背負われたまま絶命した妹の姿、その兄もまた誰にも気にも留められずに亡くなります。アニメとはいえつらいシーンです。長崎に原爆が投下された後、米軍の従軍カメラマンが撮影した「焼き場に立つ少年」という有名な写真がありますが、まさに重なります。

過去に、自分の息子たちがまだ小さいころに見たのですが、その後、何度か見ることがありました。だんだん積もるように見るのがつらくなっていきました。今、自宅で3歳と1歳の孫と暮らしていますが、その寝顔がとても愛おしく、アニメのシーンを思い出して涙が出そうになりました。

誰もが持っているこういう気持ちの裏腹に「狂気」の顔が潜んでいることもまた、忘れてはいけないなと思う8月です。「戦争は気が付いた時には隣にいる」と言われます。音もなく忍び寄る狂気は私たち一人ひとりの中に潜んでいるのです。本当に怖いのは安倍政権の「力」ではなく、国民の「無関心」でしょう。

そして、「戦い」では命が守れないことを改めて権力者たちに思い知らさなくてはなりませんね。勇ましく「国民の命を守る」とのたまい「ミサイル迎撃」を声高に喧伝し、自分は避暑地の安倍首相たちに!!