5月の中旬に田植えが終わって約1か月。田んぼでは順調に早苗が育ち、だいぶ株が大きくなってきました。時々降る雨も手伝って今年の6月は穏やかに過ぎています。

しかし、先週の大阪で発生した地震の被害は報じられているように大きなものでした。未だ避難生活を強いられている方々もいらっしゃる由。お見舞いを申し上げます。

日本は火山の国で地震もあり、古来から天変地異に由来すると思われるいろいろな伝説が全国にあります。自然はとても優しく私たちを包み込んでくれますが、時に牙をむきます。この国に住んでいる以上仕方がないことですが、自然に対し敬い恐れおののく気持ちを忘れてはならないものと自分たちに言い聞かせるしかないですね。

今年の長野の梅雨はまだ本格的になっていませんが、今日などは30度を超える暑さでもう夏です。畑の野菜は暑さ大好き。キュウリもナスもピーマンもトマトも、ジャガイモもサツマイモもズッキーニもニラも、えんどうやサトイモ、長ネギもどんどん成長していきます。キュウリはもう食べ空きました。(毎日10本以上収穫して)

田んぼの稲も分けつが進みそろそろ中干しの時期が来ています。今週後半から干しに入ろうかと思っています。しっかり干して後々の作業をやりやすくしたり稲体の徒長を防いで倒伏を防止したりと今後に向けて大切な作業です。この作業は雨が降り続くとなかなかうまくいかないのでこれから10日間ほどは大量の雨に合わないように、と願っているところです。

 梅雨の合間の晴れ間は中々ありがたいです。それでも昨年のように空梅雨だと「少しは降れよ」と悪態をつきたくなりますが…。なんでもそうですが中庸、程々が良いですね。日本人の特性としてあげられるこの中庸、程々というのは1980年代以降の政府・財界による日本社会の競争社会への再編の中で、忘れ去られ悪しき慣例になってしまいましたが、「勝者か敗者か」の二者択一でない物事の進め方というのをとらえなおす必要があるように思います。特に21世紀になって小泉構造改革やアベノミクス政策は「格差と貧困の拡大」に代表されるように「敗者」は自己責任でアリ地獄から這い上がれ、と言われる状況です。これでは持続可能な人間らしい社会をつくることはできないように感じます。世の中、いろんな人がいます。みんな違います。「勝者と敗者」という結果だけでの区分は無理です。

晴れの日はうれしいけれど雨も必要です。毎日晴れていたら困るんですよ。そういうことが顧みられない社会はどうなんでしょう。

農民の思いは複雑ですが、いろんなことがあって収穫にたどり着きます。良い年もあればダメな年もある。自然相手だと人間の思うようになりませんが、自然を無視した完璧な「管理社会」は必ず弊害があると思います。人間も自然の一部ですから。