少し前の新聞に今年の東日本の夏は観測史上最も暑い夏になったと報道がありました。平年より1.6度高いと。8月15日に天候が崩れしばらくぶりにしのぎやすい天候になり「やれやれ」と思っていましたが、ぶり返しましたね。

地球温暖化が原因で、このままでは2100年の東京では44度、というシミュレーションも最近報道されていました。2100年には生きていませんから確かめようもありませんが、地球という星の「生理」もありますから、私たち人類が思いもよらないことが起こることも考えられますよね。人間の生涯の1億倍の寿命が地球という星の生涯と見られていますから、何もかもが人間のタイミングではないでしょう。人間にとっての1年を地球の立場から換算すると0.3秒。100年は30秒で1000年が3分。環境変化のスピードが増した18世紀の初めころから始まったイギリス発の産業革命から現在までの300年は1分30秒。こういう途方もないことを考えるのは結構好きなんですが、こういうことを考えると私たち自身の存在があまりにも小さすぎて、結局「時の流れに身を任せ」みたいなことになってはしまうことも…。いえいえそういう方向に行ってはいけません。現実の人間は、「人命は地球より重い」という価値観の社会をつくり、日々生きているわけで、個々がそれぞれに尊重され、命を脅かされることなく平和で自由に生きられる社会をつくるために様々な障害を乗り越えていかなくてはならないものです。そのために私たちは労働組合をつくっているわけです。

猛暑からとんでもない方向に話が移ってしまいました。失礼しました。

私の育てた田んぼの稲も、黄金に色づき、穂首も垂れて風景は秋の趣となってきました。今年は雨が少なめで十分に太陽の光を浴びましたから豊作を予想させる状態です。後は9月に入って秋雨前線が居座り、シトシトと雨が降り続くことが無ければ完璧です。どんなに暑くても時期が来るとそれなりに気候は移っていくものです。安曇野の気温は最近も日中は35度を越えますが朝方は20度以下まで下がりますから、一段と味の良いコメが出来つつあります。私たちの生活には自然界の力に頼らないとならないものもたくさんあります。日本は特に四季がありますから、その時々に合わせて人間も生活を変化させなければいけない国です。

私たちは基本的に労働者として、働いて対価を得てそれを糧に生活を成り立たせています。自分たちの力で自分たちの生活や生き方を改善していくために時に大きな力とたたかわなくてはなりません。一方で自然に順応し、気候に合わせた作物を作り、より良いものを作るために自然に学び、自然から多くの糧を得ています。私たち個々の人間自身もその生活もその想いも多様です。しかし、その存在は等しく認められるべきです。自然の中で作物を作り、その成果が得られる季節に改めて思うことです。